今日は、相続税の税務調査で最も指摘されやすい「夫婦間の生活費のやり取り」についてお話しします。
へそくりに相続税が発生?
不動産賃貸業を営んでいたAさんが亡くなりました。
Aさんには、60年間寄り添ってきた奥様がいます。
相続の申告手続きを進めるには、まず故人の財産を特定しなければなりません。
Aさんには、銀行や郵便局に預けていた預金が約8,000万円ありました。
一方、奥様も銀行や郵便局にほぼ同額の預金がありました。奥様は、これを「50年以上かけて自分で貯めたお金」であるとして、Aさんの相続財産に含めず申告しました。ところが、税務署から「これはAさんの財産である」と指摘を受けました。
奥様の話を聞くと、こうおっしゃいました。
「お父さん(Aさん)から毎月50万円の生活費をもらっていました。その中から、余分な出費を抑えて毎月15万円を将来のために貯金してきました。さらに、私はお父さんの不動産事業を支えるため、帳簿の作成や税理士さんとのやり取り、管理会社との窓口業務もすべて行ってきました。これだけAさんや家族のために頑張って貯めたお金が、どうしてAさんの相続財産になるのか全く納得できません!」
確かに納得のいく話です。
しかし、日本では財産に関する考え方として、夫婦間であっても「収入の根拠に基づき、その収入は得た本人に帰属する」とされています。奥様がどれだけ支えたとしても、収入の根拠となるアパートを所有しているのがAさんである以上、その収入はすべてAさんの財産と見なされます。
へそくりや貯金を相続税から守るためには?
このケースでは、奥様がAさんの不動産事業に関わる人として、Aさんから「給与」を受け取る形を取ればよかったのです。
(家族で一緒に暮らしている場合は、税務署に「専従者」として届出をすることで、その給与をAさんの不動産所得の経費に含めることができます。)
たとえば、毎月50万円を生活費として受け取るのではなく、以下のように分けます。
- 35万円を生活費として受け取る
- 15万円を給与として受け取る
給与として受け取る場合、源泉徴収税が引かれるため、15万円の手取り額を得るには額面をやや上乗せする必要があります。
生活費として受け取ったお金は、あくまでAさんから「預かっているお金」です。預かったお金は、たとえ50年が経過してもAさんの財産とみなされます。一方で、給与として受け取ったお金は、奥様の収入と認識されるため、税務署も奥様の財産として扱います。
へそくりや貯金を贈与と主張することはできるのか?
「毎月15万円は贈与されたお金です」と主張することはできるのでしょうか?
確かに、贈与契約書を取り交わし、双方の贈与意思が明確であれば、そのお金は奥様の財産と主張できる可能性があります。さらに、贈与税の時効は6年のため、6年以上前の贈与であれば課税されません。
ただし、この場合、税務署はこう指摘するかもしれません。
「贈与契約書がありますね。お互いに署名・実印もありますので贈与の意思は確認できます。ただ、贈与の意思があるにもかかわらず、なぜ贈与税の申告をしていなかったのですか? それは贈与税を回避するための意図的な行為ではありませんか?」
もし税務署が「悪意をもって申告を怠った」と判断すれば、時効は7年に延びます。その上、重加算税(本来の税金に加えて40%のペナルティ)が課されます。さらに、他の財産の計上漏れも「隠蔽行為」とされ、すべて重加算税の対象となるリスクがあります。
生前対策をしっかり行いましょう
こうしたトラブルを防ぐためには、それぞれの収入の根拠を明確にしたうえで、適切な贈与や相続対策を行うことが重要です。たとえば、以下のような方法があります。
- どのくらいの金額を、何年かけて贈与するか計画を立てる
- 令和6年から始まる新しい相続時精算課税制度を活用する
生前からしっかりと相続対策を行い、余計な税負担を回避しましょう。
相続や贈与に関する問題は、一見すると身近で簡単なことに思えるかもしれませんが、法律や税制の観点から見ると複雑なケースが多々あります。今回のケースのように、「自分で貯めたお金」のつもりでも、税務署の判断によって思わぬトラブルに発展することがあります。
こうしたトラブルを未然に防ぐためには、生前からの計画的な対策や専門家への相談が重要です。相続税や贈与税のルールは年々変化していますので、最新の情報を踏まえた対応が求められます。
私たちの事務所では、相続や贈与に関するお悩みを丁寧にヒアリングし、皆様の状況に合わせた最適なアドバイスを提供しています。相続対策や税務について疑問や不安がある方は、どうぞお気軽にご相談ください。
専門家による監修
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監修:西村 敦正
千葉県出身、専修大学卒業後、公認会計士山田淳一郎事務所に入所。税理士資格取得後、船井財産コンサルタンツに転職し資産税専門税理士として活躍。2004年に税理士法人BAMCを設立し代表税理士に就任。その後事業承継案件1000件以上を手掛けるなどの実績を誇る。2014年に開通した東京都市計画道路環状2号線(マッカーサー道路)にかかる事業用地の資産活用コンサルティングや秋葉原再開発に伴うCRE戦略を手掛けるなどの実績を併せ持つ実務家でもある。
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